2016年10月16日
「障害者のことを語るときの心得」
障害者っていっても知的、身体、両方、視覚、聴覚、先天的、非先天的、軽度・重度などさまざま。
それをよくわからずして何か事件がおきるとこれ見たことかとばかりに専門家ズラしていろいろコメントするやからのいかに多いことか。
もうへきへきします。
取材もせず、ネットで見聞き、想像でいろいろモノいうやからが多いですわ。
私はいろんな障害を持つ方々といろいろと付き合いしてきました。
外出したり泊まったり。
コンサート言ったり。
家に泊まりに来てもらったり。
サッカーの試合観戦したり。
施設の祭りの準備、参加したり。
(仕事として介助者としていったわけじゃないですよ)
入浴介助、ときには排泄介助もしたことがあります。
やったことありますか。
排泄介助って想像絶するところありますよ。
まあヘルパーや看護師なら普通の業務だからなんともないでしょうけど。
入浴介助って夏に3人くらい連続してやると脱水症状、ふらふらになります。
奈良の特別養護老人ホームで喫茶室のボラしてたことあります。
コーヒ―出したり、洗い物したり。
ときどき茶店行事で映画上映会したり。
(この話したことなかったですね)ということで障害者とか特養とか弱者の方々がどういう気持ちでいるかに触れ、また社会に対する向き合い方とかに接しながら時間をともにしてきました。
そうそう、乙武がレストランで入店拒否されたときのこと、偉そうにコメントしてたけど、その中で実際に車椅子押したことあるコメンテータどれだけいるのか。
私は車椅子団体の行事のときは多くの場合で店などに下見して車椅子アクセスなどを確認していた。
そういうもんです。
だから、どうなんだと偉そうなことを言うつもりはありませんが、何も経験していない評論家が立派な評論をすることが多くて。
日テレの24時間テレビが感動ポルノって非難されたがその通り。
パラリンピックも同じ。
「障害があるのに、それを乗り越えて」ってもう何万回聞いたか。
なんか上目線。
普通のオリンピックだって、怪我を乗り越えとか、練習のできない環境、経済的に練習できないとかいろんな障害を乗り越えている人も多数。
お金持ちで子供のころから練習環境に恵まれてオリンピックに行く人もいますけどね。
障害があろうとなかろうと、何か課題、障害を乗り越えて達成、実現した人の話は美しいのです。
感動するのです。
でも感動を押し付けたり、感動をネタに金儲けしちゃあいけません。
ネットのバイラルサイト、つくり話の感動した話で閲覧数を上げ広告収入を得る低レベルなサイトと同じ。
乙武のこと。
不倫、離婚のときいろいろ言われたが、あれだけの障害の場合、介助がどれくらいの重い負担なのか。
それを奥様一人でやっていたとすると大変だろうなと容易に想像できます。
五体不満足が出たときはマスコミは持ち上げ、そして不倫、離婚となれば「ネタ」としてこき下ろしまくり。
私は乙武はスポーツ評論家としては何も評価していませんが、彼は彼なりの生き方があるのだと思います。
しかし、あることだけで彼の人生全部コレっていうような書き方で金儲けするのはいただけません。
書くならちゃんと取材してほしいですね。
てなことで、きょうは支離滅裂。
心得っていうより、断定的、独善的な主張になりましたね。失礼!
あっ、これ「相模原障害者施設殺傷事件」(Wikipediaの言い方)にも関連していますが、この事件は加害者も被害者も障害者に関係しているので非常にややこしいです。
私も勉強中。
事実関係とかしっかり把握しないと軽々には発言できない事件です。
パラリンピックについては書き出すと長いので別のコラムで。
また書きます。
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